<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
    <title>WEBマガジン</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/" />
    <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/atom.xml" />
    <id>tag:www.tdb-muse.jp,2011-03-16:/webmagazine//2</id>
    <updated>2012-05-17T09:00:04Z</updated>
    
    <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type Pro 5.04</generator>

<entry>
    <title>古きをたずねること</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/05/post-743.html" />
    <id>tag:www.tdb-muse.jp,2012:/webmagazine//2.1005</id>

    <published>2012-05-17</published>
    <updated>2012-05-17</updated>

    <summary>　先月の新聞で、奈良県の桜井市が「纒向学研究センター」を開設したことが報じられて...</summary>
    <author>
        <name>tdbmusejp1</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/">
        <![CDATA[<p>　先月の新聞で、奈良県の桜井市が「纒向学研究センター」を開設したことが報じられており、初代の所長さんは「国の歴史・文化の原点が見えてくるだろう」と語っていました。<br />　同遺跡は邪馬台国の所在地として有力候補地ですが、他の候補地も含めて決定的な考古資料の発見までには至っていないというのが実状であります。そういう神秘的な部分に好奇心や探究心をとりこにする秘密があるのではないでしょうか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この報道を見たとき、昨年のいつごろか不明ですがある新聞に掲載されたインタビュー記事のことが思い起こされました。<br />　高校時代から遺跡の発掘作業に携わるほど考古学に関心をもっていたある俳優さんのことですが、ふとしたきっかけで埋蔵物発掘の場面に遭遇したことによって、考古学に対する情熱がよみがえり自分の生き方を変える決心をしたというものでした。その情熱を行動に転化させるため彼は所属していたプロダクションを去り、本格的に２束のわらじをはく生活へと入っていきます。<br />　それからおよそ３０年が過ぎ、いま調査、研究、講演、執筆にと多忙な毎日をおくっているということです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　土の中に眠る資料とは別に、古い時代のことを調べようとするとき文献の形で資料が残されていれば、それはたいへん心強いものになります。<br />　そこでよく突き当たる問題はくずした書体で書かれた文字の解読です。そしてこれを避けて先に進むことはできません。<br />　すでに小欄でご案内のとおり、いま当館では、テーマ展示「読む、書く、伝える　くずし字に見る近代日本の夜明け」を開催しております。くずし字は触れてみると親近感が芽生えるといわれます。そのきっかけをぜひご体験いただければと願っております。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        
    <url>http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/05/post-743.html</url>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>テーマ展示好評開催中！</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/05/post-742.html" />
    <id>tag:www.tdb-muse.jp,2012:/webmagazine//2.1003</id>

    <published>2012-05-10</published>
    <updated>2012-05-10</updated>

    <summary>テーマ展示「読む、書く、伝える　くずし字に見る近代日本の夜明け」開催から3週間が...</summary>
    <author>
        <name>tdbmusejp1</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/">
        <![CDATA[<p>テーマ展示「読む、書く、伝える　くずし字に見る近代日本の夜明け」開催から3週間が経過しようとしています。<br />身近にありながらも、敬遠しがちであった「くずし字」に触れることで、来館者の方々には様々な発見があるようです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>人によってはクセがあり、読み解くのが非常に難しい字もあります。<br />しかし今回展示している史料の中には読みやすいものもあり、崩されている漢字がどんな字なのかわかると「ああ、これか！」と納得され、その後デジタルコンテンツでのクイズなどを通し、何文字かくずし字が読めるようになって帰られる方もいらっしゃいます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今回の展示では、「くずし字が伝えること」と題して、東京都公文書館の中元幸二先生にインタビューを行いました。<br />その模様はデジタルコンテンツ、パネルでご覧いただけます。<br />中元先生は、企業史料協議会くずし字研究会（毎月1回当館で開催）で講師をされており、『帝国データバンク史料館だより　Muse』でもかつてインタビューさせていただいたことがあります。<br />先生のお話を聞くと、くずし字を読むことの魅力が感じられ、「くずし字を学びたい！」と意欲が増してきます。<br />6月21日には中元先生をお招きして講演会も行いますので、興味を持っていただいた方はぜひともご参加いただければと思います。<br />詳細については近日中に「おしらせ」にて発表します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>テーマ展示は6月29日まで開催しています。<br />皆さまのご来館をお待ちしております。</p>]]>
        
    <url>http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/05/post-742.html</url>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>テーマ展示「くずし字」展＜番外編＞　- 著作権確立に貢献した福澤諭吉 -</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/05/post-741.html" />
    <id>tag:www.tdb-muse.jp,2012:/webmagazine//2.1001</id>

    <published>2012-05-02</published>
    <updated>2012-05-02</updated>

    <summary>　4月24日よりテーマ展示新企画「くずし字」展がスタートしましたが、今日はこの展...</summary>
    <author>
        <name>tdbmusejp1</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/">
        <![CDATA[<p dir="ltr" style="MARGIN-RIGHT: 0px">　4月24日よりテーマ展示新企画「くずし字」展がスタートしましたが、今日はこの展示の企画で最終的に採用至らなかったものの、大変興味深いエピソードをご紹介したいと思います。</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>著作権のはじまりは明治2年の「出版条例」<br /></strong></font></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そもそも日本で著作権法という法律が制定されたのは、1899（明治32）年のことで、ベルヌ条約（文学的及び美術的著作物の保護に関する条約）加盟にあわせて制定されたものでした。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　では、それ以前には日本には著作権の保護に関する法律はなかったのか？実は、日本で最初に著作権の保護を規定した法律は、1869年（明治2）年に公布された出版条例であるといわれています。この出版条例では、出版者に対して専売の権利が与えられたものでしたが、法律の名称からもわかるように、その内容は出版の取締りに重点が置かれている法律でした。実はこの著作権の概念を初めて主張したのは、福澤諭吉であると言われています。</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong></strong></font>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>福澤諭吉、『西洋事情』の海賊版に怒り心頭<br /></strong></font></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　福澤は、三度に及ぶ海外渡航を経験していますが、その時の体験を書籍としてまとめたのが、有名な『西洋事情』で、そのあとにも『西洋旅案内』を執筆しています。『西洋事情』は当時のベストセラーとなり、発行部数は15万部に達したといいます。売れるとなると海賊版が横行します。特に関西方面で多く出回り、福澤は海賊版を含めれば20万?25万部は売れたであろうとのちに述べています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この海賊版に対して福澤は相当な憤りを感じていました。そのため福澤は『西洋事情』の中で「蔵版の免許（コピライト）」と題した文で日本で初めてCopyright（著作権）の概念を紹介しました。さらに、明治新政府に対して海賊版の取締りを訴え、これがきっかけとなって、「出版条例」が制定されたわけです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　テーマ展示ではこの福澤が海賊版の取締りを訴え出た文書を展示しようと企画していましたが、諸般の事情で実現しませんでした。しかし、なかなか興味深いエピソードであると思い、当欄でご紹介させていただきました。</p>]]>
        
    <url>http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/05/post-741.html</url>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>テーマ展示新企画「読む、書く、伝える　くずし字に見る近代日本の夜明け」開催</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/04/post-740.html" />
    <id>tag:www.tdb-muse.jp,2012:/webmagazine//2.999</id>

    <published>2012-04-24</published>
    <updated>2012-04-24</updated>

    <summary>4月24日（火）よりテーマ展示新企画「読む、書く、伝える　くずし字に見る近代日本...</summary>
    <author>
        <name>tdbmusejp1</name>
        
    </author>
    
        <category term="日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/">
        <![CDATA[<p>4月24日（火）よりテーマ展示新企画「読む、書く、伝える　くずし字に見る近代日本の夜明け」を開催します。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>本展では、「くずし字」で書かれた条約文書や企業家直筆の書簡など、近世から近代にかけての史料を取り上げ、近代日本の一側面を展示いたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>日本には創業から100年を超えた企業が2万5000社程あります。長い歴史を持つ会社では、自社の歴史を知る上で、例えは創業者の直筆の文書など、くずし字で書かれた古文書史料を読み解く必要が出てきます。本展でも、明治期の企業家直筆の書簡などを取り上げています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今回、ご紹介している一部史料は読み下すのに、企業史料協議会くずし字研究会にもご協力いただきました。条約文のような公文書は、お手本のような文字で記されているため、とても読みやすいのですが、私的な手紙や書類の下書きなどは、癖字であったり、書き直しなどがされているため、とても読みづらいものもあります。古文書を読みなれている人でも、くずし方が似ている文字の場合には、はっきりと言い切れない文字があったり、前後の文面で判断したりする場合もあるそうです。</p>
<p>しかし、そのような文書にこそ、書いたその時の感情が文面からにじみ出ており、面白さを感じる事ができます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>明治維新前後の激動の時代に記された文書や書簡を通して、近代化へと向かう日本の息づかいを少しでも感じて頂けたらと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        
    <url>http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/04/post-740.html</url>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>開設５周年を迎えました</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/04/post-739.html" />
    <id>tag:www.tdb-muse.jp,2012:/webmagazine//2.995</id>

    <published>2012-04-12</published>
    <updated>2012-04-12</updated>

    <summary>梅の花が例年より少し遅れたおかげで、今年は桜のお花見とあわせて梅の花を眺められる...</summary>
    <author>
        <name>tdbmusejp1</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/">
        <![CDATA[<p>梅の花が例年より少し遅れたおかげで、今年は桜のお花見とあわせて梅の花を眺められるという光景が</p>
<p>いくつか報道されています。<br />気象のきまぐれによる自然の恵みというところでしょうか、気持ちがやわらぐ思いもします。</p>
<p><br />春の季節は風物詩が豊富で、とりわけ入学、進学、就職など、物事の始まりを表すものが多いのは４月</p>
<p>です。学校や企業にその特徴的な情景を見ることができます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>２００７年の春にオープンした帝国データバンク史料館は、今月の３日を以って５周年を迎えました。<br />あっという間に通り過ぎた歳月という感じもしますが、あらためて振り返ってみますと、各方面で豊かな</p>
<p>経験をおもちの方々の支援を得られたおかげでこの日を迎えることができたというのが実感です。<br />またこの間に来館された方々からも、貴重な意見や励ましの言葉が寄せられ、意を強くしております。</p>
<p>これからの当館運営に何らかの形で生かしていきたいと考えています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>今後さらに多くの方を迎えられるよう、一層の史料充実と情報発信を心がけてまいりますので、今後とも</p>
<p>よろしくお願いいたします。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なお、当館では分館において会社史・団体史などおよそ8,000件の経営資料を所蔵しており、すべて閲覧</p>
<p>が可能です。このほどホームページの「学術研究支援」からも検索できるようになりましたので、ぜひご活</p>
<p>用ください。</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        
    <url>http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/04/post-739.html</url>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>「一瞬」を切り取る写真から見えてくるもの</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/04/post-738.html" />
    <id>tag:www.tdb-muse.jp,2012:/webmagazine//2.994</id>

    <published>2012-04-09</published>
    <updated>2012-04-09</updated>

    <summary>以前この場で、宮城県印刷工業組合からいただいた『3.11　東日本大震災の記録』に...</summary>
    <author>
        <name>tdbmusejp1</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/">
        <![CDATA[<p>以前この場で、宮城県印刷工業組合からいただいた『3.11　東日本大震災の記録』について取り上げました。<br />このほど、同組合から、仙台在住の写真家による震災1年の記録『宍戸清孝写真集　Home　美しき故郷よ』をいただきました。<br />これまで数々の報道で被災地の写真を見てきましたが、今までとは違う新たな気づきがありました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>カメラマンの宍戸清孝氏は、行列に並ぶことは嫌いだったそうですが、物資を求めてスーパーに並んだ時には</p>
<p>&nbsp;<br />「この時ばかりは、人と会って話しているほうが安心できるような気がした」</p>
<p>&nbsp;<br />と記しています。<br />その列を撮った写真には、人々の表情に長い行列に疲れた顔はなく、不安な表情を浮かべる人、先の見えないこの状況に立ち向かおうと強い意志を持っているような表情が見えます。</p>
<p><br />パッと見た限り、何の写真かわからないものが多くありました。<br />それだけあり得えない場所に、あり得ない物が、あり得ない形になっているのだということに気づかされました。</p>
<p><br />満開の桜の木の下に車が重なり合う写真は、桜の美しさに被災地が癒やされたような気もしますが、<br />桜が咲く頃になっても津波の爪痕が無惨に残され、複雑な気持ちになりました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>津波が来てから2ヵ月たっても水が引かない大槌町をとらえた写真からは、自分はこの頃、被災地にまだこんな状況があることを知っていたのか、想像していたのか、知ろうとしていたのだろうか。考えさせられました。</p>
<p><br />一瞬一瞬を切り取る写真には、様々な情報が写ります。<br />当館でも多くの写真を所蔵していますが、どれもが様々なことを語ってくれる貴重な史料となっています。<br />震災の記録は、3月11日の1日だけではなく、日が経つにつれて判明した被害の様子、復興が進まない様子、人々が前に進もうとする様子など、一時だけのものではありません。</p>
<p>一瞬を切り取った写真を並べて初めて見えてくることがあるのだと、強く感じました。</p>]]>
        
    <url>http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/04/post-738.html</url>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>14冊目となる地方事業所編纂の出版物を発見</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/03/14.html" />
    <id>tag:www.tdb-muse.jp,2012:/webmagazine//2.990</id>

    <published>2012-03-23</published>
    <updated>2012-03-28</updated>

    <summary> 戦前期、当社では各地で地方事業所独自の出版物の発行が行われていました。 そのほ...</summary>
    <author>
        <name>tdbmusejp1</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/">
        <![CDATA[<div>
<div><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'" data-mce-style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif';">戦前期、当社では各地で地方事業所独自の出版物の発行が行われていました。</span></div>
<div><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'" data-mce-style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif';">そのほとんどは当社に所蔵されていませんでしたが、百年史編纂事業の中で国立国会図書館をはじめとする図書館の所蔵状況を丹念に調べ、そのうちの一部は古書店で購入するなどしてその実態が明らかになっていました。事業所編纂による出版物はのべ</span>13<span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'" data-mce-style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif';">事業所から</span>13<span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'" data-mce-style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif';">冊発刊されましたが、このたび</span>14<span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'" data-mce-style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif';">冊目となる出版物の存在が明らかになり、入手しました。</span></div>
<p><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'" data-mce-style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif';"></span>&nbsp;</p>
<div><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'" data-mce-style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif';"></span></div>
<p><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'" data-mce-style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif';">書名は『長崎の業界と人物大観』。奥付によると、発行所は帝国興信所長崎支所、著作兼発行者は幸尾清治です。内容は、長崎県下の</span>2<span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'" data-mce-style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif';">市</span>8<span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'" data-mce-style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif';">郡の概要紹介、法人</span>100<span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'" data-mce-style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif';">社、個人経営</span>179<span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'" data-mce-style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif';">人の、計</span>279<span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'" data-mce-style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif';">の事業者の概要が盛り込まれた文字どおり長崎県の業界と人物事典となっています。</span></p>
<div><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'" data-mce-style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif';"></span>&nbsp;</div>
<div><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'" data-mce-style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif';">発行者の幸尾は当時の長崎支店長で、大正</span>11<span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'" data-mce-style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif';">年から昭和</span>18<span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'" data-mce-style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif';">年まで約</span>21<span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'" data-mce-style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif';">年間の長期にわたって支店長を務めた人物です。幸尾は序文で「『長崎県下の事業と人物』を編纂せんとの企ては、数年来私の宿願であった」と記しており、幸尾個人の意思によって出版にこぎつけたことがうかがえます。</span></div>
<div><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'" data-mce-style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif';"></span>&nbsp;<span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'" data-mce-style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif';"><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'" data-mce-style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif';"></span></span></div>
<div><span style="FONT-FAMILY: 'ＭＳ 明朝','serif'" data-mce-style="font-family: 'ＭＳ 明朝','serif';"><img class="mt-image-right" style="FLOAT: right; MARGIN: 0px 0px 20px 20px" height="120" alt="『長崎の業界と人物大観』本文.JPG" src="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/images/%E3%80%8E%E9%95%B7%E5%B4%8E%E3%81%AE%E6%A5%AD%E7%95%8C%E3%81%A8%E4%BA%BA%E7%89%A9%E5%A4%A7%E8%A6%B3%E3%80%8F%E6%9C%AC%E6%96%87.JPG" width="160" />なお、本書は非売品となっており、書中には広告も入っていないことから、営利目的ではなく純粋に地域経済の発展のために、支店長が活動した結果ではなかろうかと思います。</span></div></div>]]>
        
    <url>http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/03/14.html</url>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>『ブリタニカ国際大百科事典』、書籍化に幕</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/03/post-737.html" />
    <id>tag:www.tdb-muse.jp,2012:/webmagazine//2.989</id>

    <published>2012-03-16</published>
    <updated>2012-03-16</updated>

    <summary>　『ブリタニカ国際大百科事典』が、現在発売されている2010年版を最後に印刷での...</summary>
    <author>
        <name>tdbmusejp1</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/">
        <![CDATA[<p>　『ブリタニカ国際大百科事典』が、現在発売されている2010年版を最後に印刷での出版を終了し、電子書籍に完全移行するとの記事がでていました。<br />1768年にイギリス（スコットランドのエディンバラ）で発刊を開始した歴史のある百科事典です。240年以上の歴史を持つ事典が印刷物出版を終えてしまうと言うのは、寂しい限りです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　1902年に発行された10版には日本語で信用調査機関を意味する英語"Mercantile Agency"の項目が初めて掲載されました。　そこには「マーカンタイル（あるいはコマーシャル）エージェンシーとは、アメリカにおいては、会社の状態に関する情報を集め、記録し、顧客へと提供するために作られた組織である。イギリスといくつかのヨーロッパ諸国では、商人たちで構成される組合が取引保護のために作り、その構成員の間で、会社の状態に関する情報を提供し合っていた。これらの組合の起源は、倒産、譲渡や手形に関する情報を提供するために19世紀に作られた団体にある」という説明がつけられていました。</p>
<p><br />　幼い頃、図書館に行き、あの大きく重たい百科事典で調べものをすると、少し大人になったような気分になり、ワクワクしたことを思い出します。いつの頃からか、百科事典を手に取っても、そんな気持ちを感じなくなりましたが、それでも新しい本からするインクの匂いに、ウキウキとします。</p>
<p>　また仕事柄、戦前の出版物を手にする機会もありますが、時代により紙の質感や印刷技術の違いなどを、感じられる事が楽しくもあります。</p>
<p>　私は、本はやはり紙でなければ、と思っています。が、よくよく考えて見ると、10年くらい前から辞書、事典は持ち歩くには重いからと電子辞書を使うようになり、簡単な調べものをする時には、すぐにインターネットで検索をしてしまっています。そして、当該記事もまた通勤途中に携帯で見ていたニュース記事から見つけたものでした。</p>
<p>　時代の趨勢に流され、印刷された書籍と関わる機会を減らしていた自分自身に反省しました。<br /></p>]]>
        
    <url>http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/03/post-737.html</url>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>東日本大震災から1年</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/03/1-13.html" />
    <id>tag:www.tdb-muse.jp,2012:/webmagazine//2.988</id>

    <published>2012-03-08</published>
    <updated>2012-03-16</updated>

    <summary>季節を待ちかねていたかのように上巳の節句そして啓蟄が過ぎていきました。いつもなら...</summary>
    <author>
        <name>tdbmusejp1</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/">
        <![CDATA[<p>季節を待ちかねていたかのように上巳の節句そして啓蟄が過ぎていきました。<br />いつもならば静かに春を迎えているこの頃ですが、1年前の未曾有の大震災に見舞われた東北地区では多くの方々が不安を抱えたままの生活を余儀なくされています。<br />いまだに岩手、宮城、福島の３県においては7万人以上の被災者の方が県外での避難生活から抜け出せないままという状態です。</p>
<p><br />移転計画についても思うように進んでおらず、実現までには数年を要するというのが現実です。</p>
<p>&nbsp;健康で安全な住環境の確保は最優先の課題であり、関連施策の一刻も早い実現が待たれています。<br />2月には復興庁が発足しました。それまでの組織の反省を踏まえた精力的な取組みを見守りたいと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>１年が瞬く間に過ぎ、支援活動の中にいまいろいろな動きが出ています。被災者のニーズにきめ細かく対応していきたいという気持ちがその根底に見られます。<br />これら市民活動が有機性を高めていくことは大事なことであり、そのためにも精度の高い情報の整備と発信が必要になっています。</p>
<p><br />&nbsp;</p>]]>
        
    <url>http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/03/1-13.html</url>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>3月3日、創業から112周年です</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/03/33112.html" />
    <id>tag:www.tdb-muse.jp,2012:/webmagazine//2.987</id>

    <published>2012-03-01</published>
    <updated>2012-03-01</updated>

    <summary>3月3日は桃の節句ですが、当社にとっては創業記念日になります。今年は土曜日で休日...</summary>
    <author>
        <name>tdbmusejp1</name>
        
    </author>
    
        <category term="カテゴリを追加" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/">
        <![CDATA[<p>3月3日は桃の節句ですが、当社にとっては創業記念日になります。今年は土曜日で休日に当たるので、明日、本社をはじめ各事業所で創業記念式典が行われます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>1900（明治33）年3月3日、後藤武夫は東京市京橋区南鍛冶町一番地（現在の八重洲）に帝国興信社を創業しました。<br />言わば帝国データバンクの誕生日であり、武夫にとっても忘れられない日となりました。<br />自伝『後藤武夫伝』ではその日の気持ちをこのように綴っています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><br /><em>私の努力経営に属する事業の礎石は、こ々に始めてうち建てられたのであつた。<br />かうして活ける世界に処すべく死の第一線に立たねばならなかつた。</em></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><br />当社のように1900年に創業し、現在も生き続ける「同い年」の企業は、当社の調べによると凸版印刷、江ノ島電鉄、日清製粉グループ本社など446社あります。<br />津田塾大学や東京女子医科大学も同じ年に開校しました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>同じ時代に産声を上げ、激動の時代を生き抜き、112周年を迎える「仲間」たち。&nbsp;112年と言ってしまえばあっという間ですが、どの組織にも失敗や成功があり、そういった歴史が連綿と今に受け継がれ、生き続けているのです。</p>]]>
        
    <url>http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/03/33112.html</url>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>サラリーマン時代の宮沢賢治</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/02/post-736.html" />
    <id>tag:www.tdb-muse.jp,2012:/webmagazine//2.986</id>

    <published>2012-02-23</published>
    <updated>2012-02-29</updated>

    <summary>　国民的童話作家として知られる宮沢賢治。『注文の多い料理店』『銀河鉄道の夜』など...</summary>
    <author>
        <name>tdbmusejp1</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/">
        <![CDATA[<p>　国民的童話作家として知られる宮沢賢治。『注文の多い料理店』『銀河鉄道の夜』など多くの代表作が今も親しまれていますが、賢治にサラリーマン時代があったということを最近知りました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.24em">2年半にわたるサラリーマン生活</font></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　宮沢賢治は昭和6年、34歳の時に「東北砕石工場」という肥料用の石灰を製造販売する会社に技師として勤務しました。ここから約2年半にわたるサラリーマン生活が始まりました。賢治は、盛岡高等農林学校を卒業しのちに花巻農学校の教師として約6年間勤務していましたので、その知識と経験を買われての入社でした。<br />賢治は、石灰肥料の宣伝販売を担当します。岩手県は酸性で作物が育ちにくい土地でしたが、当時は土壌改良の知識が普及しておらず、酸性土壌を理解してもらうことからはじめなくてはなず、営業活動は難航しました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><font style="FONT-SIZE: 1.24em">『帝国信用録』のデータを頼りにＤＭを発送</font></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そこで賢治は、当時は珍しかったダイレクトメール作戦を展開します。その効果もあって問い合わせが急増し、工場も活気に包まれます。また、賢治は報告もこまめに行いました。出張先から上司宛に送った手紙が117通も残っていることからもわかります。ここに紹介するのは、そうした報告の中の一通です。</p>
<p dir="ltr" style="MARGIN-RIGHT: 0px" align="left"><br />「（前略）次に只今御来書の北海道博覧会の件絶好の機会に有之候間明日出盛当工場にて引受べき面積及出品様式等詳しく相談の上当地にて専門家に頼み題額、説明等製作致すべく孰れにせよ改めて明日御調製願ふべき標品目等可申上候　尚青森北海道への広告宛名は<u>帝国信用録</u>によって調査の上封筒書致し居り候間之又御安心願上候」</p>
<p dir="ltr" style="MARGIN-RIGHT: 0px" align="right">（昭和6年6月17日　鈴木東藏・鈴木軍之助宛封書）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　この北海道博覧会というのは、昭和6年7月から8月にかけて札幌・小樽で開催された北海道および各地の物産を展示した博覧会のことで、東北砕石工場も出展を計画していました。それにあわせてダイレクトメールを青森、北海道の商店に送ったが、その宛名は『帝国信用録』から引用したものなので安心してほしい、という内容でした。<br />『帝国信用録』は、事業家の信用状態や資産状況をとりまとめた出版物で、帝国興信所が昭和38年まで発刊していました。賢治はこの信用録をもとにして宛名を書いていたのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　当社が発信した情報が、こんなところで活用されていたということを知る手がかりとなった史料の発見でした。</p>]]>
        
    <url>http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/02/post-736.html</url>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>受験シーズンに想う</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/02/post-735.html" />
    <id>tag:www.tdb-muse.jp,2012:/webmagazine//2.985</id>

    <published>2012-02-10</published>
    <updated>2012-02-10</updated>

    <summary>梅の開花が遅れるなど厳しい寒さが続くなか、各地で入学試験が実施されています。その...</summary>
    <author>
        <name>tdbmusejp1</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/">
        <![CDATA[<p>梅の開花が遅れるなど厳しい寒さが続くなか、各地で入学試験が実施されています。その中で、これも例年のように試験の運営にからむトラブルが報道されています。</p>
<p>緊張感に包まれた受験生の立場からすれば、全く予期せぬ事態で想定外の動揺に見舞われては、持っている実力も発揮しきれない精神状態に陥るというものです。やはり情報の不徹底が要因となっているものが目立つようです。</p>
<p><br />悪天候の影響で交通機関がとつぜんマヒして悩まされることもあります。最近の事例ですが、すべての鉄道が平常どおり運行していることを事前にテレビで確認して出かけたところ、電車はホームに停車したままということがありました。当日はいくつもの学校の入試日と重なっており、受験生が駅の構内やホームで途方にくれている光景を目のあたりにしました。</p>
<p>多くの受験生は携帯電話の携行を禁止されているため、数少ない公衆電話に長蛇の列でなかなか連絡ができないという状況で、その混乱ぶりには深い同情を禁じ得ませんでした。</p>
<p><br />よく不都合なことを記憶に残したくないという気持から、それを運命という言葉に置き換えて消去しようとすることがあります。言葉は都合のよいものですが、現実というものが片付けられるわけではありません。<br />ましてや前途ある受験生にとって、出題ミスや手続きミスなどで数少ない機会を奪われるとしたら、それは有為の若者の将来に大きな禍根を残すことにもなりかねません。</p>
<p><br />関係者間の情報伝達に齟齬が生じないよう、他校の出来事にも学びながら同様のミスが起きないよう、マニュアルの徹底を願っています。<br /></p>]]>
        
    <url>http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/02/post-735.html</url>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>3.11被災者による記録</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/02/311.html" />
    <id>tag:www.tdb-muse.jp,2012:/webmagazine//2.984</id>

    <published>2012-02-02</published>
    <updated>2012-02-02</updated>

    <summary>昨年末、宮城県印刷工業組合より『3.11　東日本大震災の記録』をいただきました。...</summary>
    <author>
        <name>tdbmusejp1</name>
        
    </author>
    
        <category term="日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/">
        <![CDATA[<p>昨年末、宮城県印刷工業組合より『3.11　東日本大震災の記録』をいただきました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>2010年に同組合より、昨今の不況とデジタル化の波に揉まれた印刷業界に対して、老舗をテーマにした講演の依頼を受け、同年7月、仙台で「百年企業はどのようにして時代を超えたか―百年続く企業の条件―」と題した講演を行いました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>東日本大震災の後、たった8ヵ月前に自分が降り立った場所が変わり果ててしまっ姿をテレビや新聞で目にし、衝撃を受けました。また、講演を聞いてくださった組合の方々の安否も気になっていました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>組合の事務局の方から夏頃にお便りをいただき、復興に向けて尽されている様子を知ることができました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そして昨年末にこの『3.11　東日本大震災の記録』という冊子をいただき、改めて今回の震災について考えさせるられることになりました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>この冊子は被災した宮城県の印刷会社の方々による被害、復興の記録、そして組合の支援活動などで構成されています。<br />中でも印象的なのは第1章「あの日　あの時　被災組合員は語る」です。<br />地震発生時は今まで経験したことのない揺れであったこと、津波で流され、3時間必死に木にしがみついていたこと、事務所に津波が押し寄せ、事務机の上に立ち、流れてきた応接のソファにつかまって、首まで水に浸かったままて1時間耐えたこと、社員や親戚を亡くされたこと、3日間飲まず食わずで過ごしたこと･･･。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p><br />報道でも伝えられていることですが、多くの方が大津波警報を聞いても「そんな大きな津波が来るわけがない」と思っていたと書いています。こうした記録とともに、倒壊した事務所や、津波で流された車が入り込んだ工場などの写真も掲載されており、もうすぐ震災から1年が経とうとしている今、改めて言葉を失いました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>被災した組合の方々は、印刷機械を中古で購入したり、事務所を再建するなどして、復興へ向けて1歩ずつ進んでいます。また組合としては、被災地区の学校などへのべ13ヵ所に計50万枚の用紙を支援しています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>地震の後は会社の復興も考えたが、それ以上に生きるので精一杯だった、という記録が多く見られました。</p>
<p>そんな状況から立ち上がり、そして記録に残し、年内に冊子という形になったことは「素晴らしい」とか「大変でしたね」という言葉では片付けられないことです。<br />「あの時」の記録を残すことが後世にもたらす重要性について、わかっているつもりではいましたが、今回痛感させられました。<br /></p>]]>
        
    <url>http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/02/311.html</url>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>作成されていなかった震災会議議事録</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/01/post-734.html" />
    <id>tag:www.tdb-muse.jp,2012:/webmagazine//2.983</id>

    <published>2012-01-30</published>
    <updated>2012-02-29</updated>

    <summary>　1月22日のＮＨＫニュースによると、政府の「原子力災害対策本部」の議事録や内容...</summary>
    <author>
        <name>tdbmusejp1</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/">
        <![CDATA[<p dir="ltr" style="MARGIN-RIGHT: 0px">　1月22日のＮＨＫニュースによると、政府の「原子力災害対策本部」の議事録や内容をまとめた資料などの情報公開請求を行ったところ、公開されたのは「議事次第」のみであったということです。その理由を対策本部の事務局は、「業務が忙しかった」と説明しています。</p>
<p dir="ltr" style="MARGIN-RIGHT: 0px">&nbsp;</p>
<p>　この報道をきっかけに、問題が広がりをみせ、27日には公文書管理担当大臣の岡田副総理が震災関連の１０会議で議事録が作成されていなかったことを明らかにし、30日の参議院本会議では野田首相が遺憾の意を表明しました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　2009年7月に公布、2011年4月に施行された公文書管理法の第4条では、行政機関は事業の実績だけでなく、<u>経緯を含めた意思決定に至る過程を文書で記録・作成しなければならない</u>と義務づけられています。ただしこの条文にはただし書きがあって、「処理に係る事案が軽微である場合」は除外されますが、今回の原子力災害対策本部議事録の件は、誰がみても「軽微である」はずがありません。明らかに公文書管理法違反に当たるといえます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>　そもそも、この公文書管理法は当時の福田康夫首相が音頭を取り、政治主導で法制化がすすめられたという経緯があります。官僚側からの抵抗が予想され、国民の知る権利を保障するという法律の目的に沿った運用がなされるのか、危惧する声もあった中での今回の事件。原発事故という深刻な事態に対処する政府の会議で議事録が作成されていなかった事実は大変深刻ですが、図らずも、この件で公文書管理法の存在が大きく知られることとなりました。これをきっかけに本来の趣旨に適った運用がなされることを期待したいと思います。</p>]]>
        
    <url>http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/01/post-734.html</url>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>新年の一冊</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/01/post-733.html" />
    <id>tag:www.tdb-muse.jp,2012:/webmagazine//2.980</id>

    <published>2012-01-12</published>
    <updated>2012-01-12</updated>

    <summary>企業の歴史が綴られた社史と同じように、各地の自治体によってそれぞれの歴史をまとめ...</summary>
    <author>
        <name>tdbmusejp1</name>
        
    </author>
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/">
        <![CDATA[<p>企業の歴史が綴られた社史と同じように、各地の自治体によってそれぞれの歴史をまとめた市町村史などが発行されています。いずれにおいても、事実が記録されること、不都合とか不利益なものが排除されないこと、客観性が保たれていることなどは基本的な共通点だと思います。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>かなり以前のことですが、町史の編纂主任を務めた人から編纂時の心構えや苦労話を聞いたことがあります。文献確認や史跡調査などであちこち出向いたり、睡眠時間を切り詰めて締め切りに間に合わせたことなど、様々な記憶が脳裏をめぐっているような感じでした。<br />贈られた分厚い町史を見ると、文章はもとよりそれを補うための挿絵まで手がけており、いろいろと厳しい制約があったことを物語っています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>文献調査が進んでいくと必然的に解読困難な古い文書にも遭遇するわけですが、編纂委員会のようなチームにはたいていアドバイザーがおりますので、そういう問題で行き詰ることはなかったようです。<br />一般企業ではその特異性からか、担当者を悩ませているという話が時々伝わってきます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>くずし字や古文書の学習がブームといわれて久しくなります。　自分たちの祖先によって自国語で記された文書でありますから、これを読みたいという気持ちを抱くのはごく自然のことと思います。<br />掛替えのない資産として引き継がれてきた貴重な文献に対して、あまり目を向けてこなかったことが見直されているのだということもできます。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>昨年の暮れに、古い時代の文化に注意を向けるための本を一冊手に入れました。正月になってそれ紐解いところ、傍らの新聞で書評欄にそれが紹介されているのを見つけました。<br />この種の本には、当然のことですが、「古い時代の豊かな文化を理解するためには、くずし字を読めるようになることが必要である」ということが強調されています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>上記の町史編纂主任の話の中にもありました。　「歴史には連続性があって、過去を知ることによって現在が認識でき、それが未来への構想につながる」という意味のことです。<br />この主任との出会いが年月を経て、一冊の新刊書へ私を導いてくれたのかも知れません。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>]]>
        
    <url>http://www.tdb-muse.jp/webmagazine/2012/01/post-733.html</url>
    </content>
</entry>

</feed>

