学芸員室の雑記帳

蝉脱

梅雨が明け、史料館に向かう外堀通りでも、蝉がシャワーのように鳴き始めました。どんなに暑くても蝉が鳴かないと、本当の夏が来た気がしません。暑すぎると羽化に失敗するという話も聞きますが、どうにか猛暑に耐え、元気よく夏を生き切ってほしいところです。

昭和6(1931)年1月7日の『帝国興信日報』の一面見出しに「蝉脱」という言葉を見つけました。昭和4年10月のニューヨークウォール街の株式市場大暴落に始まる世界恐慌のなか、翌年頭に金の輸出を解禁した日本は大不況の渦に巻き込まれていきます。昭和6年は、不況の真っ只中にありました。
記事は、当時の銀行界が「金解禁後の受難期を蝉脱し切れず」としているので、「蝉脱」は“脱する”、”抜け出す”という意味で使っているようです。辞書には、「蟬脱(せんだつ)・・・俗世間を超越すること。解脱。」とあり、少し意味が異なる模様。「蝉蛻」の誤読からできた語というので、「蝉蛻」で調べると、「蝉蛻(せんぜい)…①セミの抜け殻。転じて、外形のみで中身のないこと。②迷いから覚め、悟りの境地に達すること。蝉脱(せんだつ)。」とあり、いずれも困難を脱するという意味はないようです。見出しの言葉は誤用の誤用か、当時このような言い回しをしていたのかわかりませんが、蝉が羽化するように、困難を脱し切れていない状況は、字面からよく伝わってきます。

不況を蝉脱して、み~んみんみんと景気よく鳴いてくれれば、この暑さも少しは和らぐことでしょう。

9月から、昭和100年と『帝国タイムス』終刊を記念して、企画展「帝国興信所が報じた昭和経済」を開催する予定です。右のような『帝国興信日報』・『帝国興信所報』の紙面を中心に昭和経済を振り返ります。乞うご期待。