学芸員室の雑記帳

60年の時を経て

展示では、当社に残る渋沢関連資料をご紹介します。

先日、自宅の片づけをした際に、引き出しの中にしまい込んであった昔の千円札を見つけました。幼い頃、当時すでに旧札となっていたその千円札を母に見せてもらい、物珍しさに自分のおこづかいと引き換えてもらった記憶がよみがえりました。

旧札の表に描かれているのは伊藤博文の肖像画。光に透かせば、印刷された肖像画とは少し印象の異なる伊藤博文の横顔が浮かびあがります。現在の紙幣と比較すると、線描はより細密に表現されている一方で、全体の模様や、色調、触感は簡素な仕上がりのように感じられました。

この旧札の肖像画選定当時を振り返る新聞や雑誌の記事によると、伊藤博文、明治天皇、岩倉具視、野口英世、渋沢栄一、内村鑑三、夏目漱石、西周、和気清麻呂の9人の候補の中から、最後は伊藤博文と渋沢栄一の二択となったことが報じられています。1960年代当時には精緻な写真製版技術がなかったことから、紙幣の肖像にふさわしい人物は、髭を蓄え、顔に凹凸があり個性豊かな容貌がふさわしいとされており、最終的には伊藤博文の千円札が発行されました。

それから約60年。今年7月3日に、渋沢栄一の一万円札が誕生します。新しいお札には、高精細なすき入れ(すかし)模様を導入し、世界で初めて3Dホログラム印刷が紙幣に活用されます。技術の進歩により、人物像や功績の重視と、ビジュアルにとらわれることのない紙幣の偽造防止とが同時に叶えられたと言えるかも知れません。手元に届く日を楽しみにしたいと思います。

さて、当館では来月中旬よりテーマ展示「渋沢栄一と信用調査業」を開催します。「近代日本経済の父」と称される渋沢栄一が信用調査業に残した大きな足跡と、当社前身帝国興信所とのゆかりのエピソードをご紹介します。

渋沢栄一と、当社の歴史をより身近に感じていただく機会となりましたら幸いです。
どうぞご期待ください。